逃走 [日々のよしなしごと]
大阪には、一般に、行ってはいけない地域、というのがある。
その、行ってはいけない地域では、写真撮影もご法度だ。
カメラなど肩から提げてウロつこうものなら、コワーい人々に取り囲まれるらしい。
その地域には、日なたの社会に顔を見せたくない、見せられない人たちが、
沢山いるからだ、と言われている。
そういう話は、知っていた。
しかし、厄介なことに、私は、その地域がとても好きだ。
私だって、日陰者だ。
いや、人はたいてい、ほんとうは日陰にいることのほうが多いに違いない。
日陰にだって、生はある。
日陰にこそ、生がある。
だからここは、ほら、こんなに茫洋として美しい。
美しいものは、写真に撮りたい。
私はある日、バイクを町外れに泊めて、その地域に入り込み、
カメラを傍らに秘めてうろつき、機会をうかがった。
機会は、あった。
人の顔が写らないように、町の雰囲気だけを、こっそりカメラにおさめた。
はたしてその瞬間、どこからともなく、女性の悲鳴に似た甲高い声が聞こえた。
視界の隅で、二人のチンピラ風の男が、猛スピードでこちらへ走ってくるのを確認した。
私は、全身全霊の力を振り絞って、逃げた。
本当に、逃げて、逃げて、逃げまくって、
バイクを泊めていた町外れまで、ようやくたどりついた。
私は、逃げ切ったのだ。
さすがに、もうここまでは、追ってこまい。
見回すと、そこはもう別の町。
ゆったりと暮れなずんでゆく、下町の住宅地。
夕餉の支度の静かなざわめき。
子供が駆けてゆく。
おだやかに歩く老紳士。
私は、ようやく生きた心地を取り戻した。
老紳士が、にこやかに近づいてきた。
とっさに、バイクを褒めてくれるのだろうと思った。
そういうことが、よくあるのだ。
私は、両手を広げんばかりにして、その時を待った。
老紳士はゆっくりと笑顔で歩み寄り、私に顔を寄せて、こう言った。
「アンタ、写真撮ってたらしいな。むこうで」
その眼は、笑ってなどいなかった。
・・・・・・・・・・
一瞬にして凍りついた私の恐怖を、ご理解頂けるだろうか?
私が自分のおかれた状況が理解できたとき、
私のバイクのキーはすでに老紳士によって抜き取られ、ロックされていた。
その後、私がどうなったか、もうここでは書くまい。
しかし、なんと見事な早業であり連携プレーであったことか。
あらぬ方向から来た、何の関係もなさそうな紳士が、もうそれを知っている。
確かに裏社会といわれ、後ろ指を指されることも多い人たちかもしれない。
しかし、その地域で、日々を必死に生き抜き、這い上がろうとしている人々のために、
かどうかはよくわからないが、とにかく
彼らがここまでの組織的な防衛を行っていることに、心底驚嘆し、感服し、
何か感動に近いものさえ感じるではないか!
まあだが、次は、もっとうまく逃げたい。
うそ。もうしません・・・
その、行ってはいけない地域では、写真撮影もご法度だ。
カメラなど肩から提げてウロつこうものなら、コワーい人々に取り囲まれるらしい。
その地域には、日なたの社会に顔を見せたくない、見せられない人たちが、
沢山いるからだ、と言われている。
そういう話は、知っていた。
しかし、厄介なことに、私は、その地域がとても好きだ。
私だって、日陰者だ。
いや、人はたいてい、ほんとうは日陰にいることのほうが多いに違いない。
日陰にだって、生はある。
日陰にこそ、生がある。
だからここは、ほら、こんなに茫洋として美しい。
美しいものは、写真に撮りたい。
私はある日、バイクを町外れに泊めて、その地域に入り込み、
カメラを傍らに秘めてうろつき、機会をうかがった。
機会は、あった。
人の顔が写らないように、町の雰囲気だけを、こっそりカメラにおさめた。
はたしてその瞬間、どこからともなく、女性の悲鳴に似た甲高い声が聞こえた。
視界の隅で、二人のチンピラ風の男が、猛スピードでこちらへ走ってくるのを確認した。
私は、全身全霊の力を振り絞って、逃げた。
本当に、逃げて、逃げて、逃げまくって、
バイクを泊めていた町外れまで、ようやくたどりついた。
私は、逃げ切ったのだ。
さすがに、もうここまでは、追ってこまい。
見回すと、そこはもう別の町。
ゆったりと暮れなずんでゆく、下町の住宅地。
夕餉の支度の静かなざわめき。
子供が駆けてゆく。
おだやかに歩く老紳士。
私は、ようやく生きた心地を取り戻した。
老紳士が、にこやかに近づいてきた。
とっさに、バイクを褒めてくれるのだろうと思った。
そういうことが、よくあるのだ。
私は、両手を広げんばかりにして、その時を待った。
老紳士はゆっくりと笑顔で歩み寄り、私に顔を寄せて、こう言った。
「アンタ、写真撮ってたらしいな。むこうで」
その眼は、笑ってなどいなかった。
・・・・・・・・・・
一瞬にして凍りついた私の恐怖を、ご理解頂けるだろうか?
私が自分のおかれた状況が理解できたとき、
私のバイクのキーはすでに老紳士によって抜き取られ、ロックされていた。
その後、私がどうなったか、もうここでは書くまい。
しかし、なんと見事な早業であり連携プレーであったことか。
あらぬ方向から来た、何の関係もなさそうな紳士が、もうそれを知っている。
確かに裏社会といわれ、後ろ指を指されることも多い人たちかもしれない。
しかし、その地域で、日々を必死に生き抜き、這い上がろうとしている人々のために、
かどうかはよくわからないが、とにかく
彼らがここまでの組織的な防衛を行っていることに、心底驚嘆し、感服し、
何か感動に近いものさえ感じるではないか!
まあだが、次は、もっとうまく逃げたい。
うそ。もうしません・・・
2009-10-27 02:39
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