長崎 2006/07 [日本の町散歩(九州)]
ポルトガルから帰ったら、すぐに行こうと思っていた長崎。
しかし実際に行けたのは、それから10年近くが経過した2005年になってからだった。
欧風でもあり、中国風でもあり、そして純和風でもあり、
それらが実に見事に混然一体となった、不思議な町。
入江を囲み、たくさんの丘に家々が張りつき、ゴーゴーと路面電車が駆け回る街は、
やはりどこかリスボンと似ているのであった。
しかし実際に行けたのは、それから10年近くが経過した2005年になってからだった。
欧風でもあり、中国風でもあり、そして純和風でもあり、
それらが実に見事に混然一体となった、不思議な町。
入江を囲み、たくさんの丘に家々が張りつき、ゴーゴーと路面電車が駆け回る街は、
やはりどこかリスボンと似ているのであった。
香港 2007 [アジアの町紀行]
春の香港。
九龍や上環の猥雑といえど、
中国本土の深センに比べて、なんと風が心地よいことか。
人の立ち居振る舞いの、なんというゆとり。
ここにはある種の混沌はあっても、埃はない。粗雑もない。
返還から10年が経つ香港であるが、中国とは何かが決定的に違っている。
香港はやっぱり香港なのである。
顧客企業の展示会への随行を名目に飛んだ二度目の香港。
客案内もそこそこに、
トラムに飛び乗って、半日間の休暇をめいいっぱい楽しんだ。
九龍や上環の猥雑といえど、
中国本土の深センに比べて、なんと風が心地よいことか。
人の立ち居振る舞いの、なんというゆとり。
ここにはある種の混沌はあっても、埃はない。粗雑もない。
返還から10年が経つ香港であるが、中国とは何かが決定的に違っている。
香港はやっぱり香港なのである。
顧客企業の展示会への随行を名目に飛んだ二度目の香港。
客案内もそこそこに、
トラムに飛び乗って、半日間の休暇をめいいっぱい楽しんだ。
郡上八幡 2007 [日本の町散歩(中部)]
郡上八幡は、日本の宝である。
渓流に沿って谷間に開けたこの小さな城下町の隅々にまで、古き良き日本の美しい生活意識がいまも息づいている。
町の中心にある橋の上から渓流に飛び込む猛者どもが時々TV等でも紹介されることから、ご存じの方も少なくないだろう。
この小さな町に、400年続く真夏の伝統行事がある。三日三晩、夜を徹して民衆が踊り続ける「郡上踊り」である。この徹夜の盆踊りに、なんと毎年25万人が参加するという。
どうにも信じられなくて、ある夏、私も行ってみた。
以下は、そこで出会ったこの清々しい町の風景たちである。
渓流に沿って谷間に開けたこの小さな城下町の隅々にまで、古き良き日本の美しい生活意識がいまも息づいている。
町の中心にある橋の上から渓流に飛び込む猛者どもが時々TV等でも紹介されることから、ご存じの方も少なくないだろう。
この小さな町に、400年続く真夏の伝統行事がある。三日三晩、夜を徹して民衆が踊り続ける「郡上踊り」である。この徹夜の盆踊りに、なんと毎年25万人が参加するという。
どうにも信じられなくて、ある夏、私も行ってみた。
以下は、そこで出会ったこの清々しい町の風景たちである。
追憶のピッコロ [日々のよしなしごと]
ピッコロにはお世話になった。
といっても、人でも動物でも、まして楽器でもない。
カレー屋である。
多くの人が行きかう梅田の地下街の片隅に、その店はあった。
関西一円に数店舗構えるチェーン店の本店なのだが、
席数はわずか6席(だったと思う)、地下街からトイレへの細い脇道に
隠れるようにして存在した。
「梅田に美味い店などあるはずがない」
そううそぶく友人達に、よく紹介したものだ。
といっても、人でも動物でも、まして楽器でもない。
カレー屋である。
多くの人が行きかう梅田の地下街の片隅に、その店はあった。
関西一円に数店舗構えるチェーン店の本店なのだが、
席数はわずか6席(だったと思う)、地下街からトイレへの細い脇道に
隠れるようにして存在した。
「梅田に美味い店などあるはずがない」
そううそぶく友人達に、よく紹介したものだ。