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ウィーン 2011 [ヨーロッパの町紀行]

 大学生のころ、一度ウィーンを訪れたことがあった。ガイドブックが示す華やかな王族の都のイメージとは裏腹に、都市としての内実を完全に失ったかのような街のうつろな表情に、いたくがっかりしたことを覚えている。
 有名なリンク通りで囲まれた旧市街は、それはそれは美しいものであったが、そこでは殆ど人の生活というものが感じられなかった。みやげ物にしても、出し物にしても、古くさいものばかりで、現代の感覚に根ざすものは、ここからは何一つ生み出されていないように思えた。
 「この街は、あるいは博物館であって、生きた都市ではない」・・・そう思うしかなかった。
 ハプスブルクの栄華も、ワルツの夢も、世紀末の輝きも、すべてが遠い過去のものとなり、今はその搾りかすだけが残った、都市の屍(しかばね)。そのかすからは残り香さえも感じられず、滞在するだけで全身が倦んでくる街、それがウィーンであった。
 
 しかし今回、12年ぶりに訪れた二度目のウィーンでは、その時とは幾分違う、生き生きした様相を垣間見ることができた。それはちょうど、朽ち果てた倒木の老いた木肌から、新しい芽が吹き出すような有り様でもあった。

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ウィーン 2011 その2  グリンツィングとヒーツィング [ヨーロッパの町紀行]

 ウィーンは、アルプス山脈の西の端っこに位置している。したがって少し郊外に出ると、アルプスが終わるまさにその斜面に、豊かな自然とともに息づく美しい住宅地が広がっているのを目にすることができる。とくにウィーンの北に位置するグリンツィング地区の一帯と、西に位置するヒーツィング地区の一帯は、かねてからウィーンで活躍した芸術家たちばかりでなく、あらゆる市民から愛された豊かな景観を誇る地域である。
どちらも今はすっかり住宅が立て込んでしまってはいるが、公園、庭園や遊歩道など、多くの部分でその豊かな緑の端々に触れることができる。


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ウィーン 2011 その3 ”ウィーン郊外夕暮れ紀行~バーデンへ” [ヨーロッパの町紀行]

 私は街歩きが好きであるが、旅先で心掛けていることがいくつかある。そのうちのひとつが、観光地として整備された街中を離れ、一度は地元の普通の人々に混じって郊外電車に乗ることである。
 現代の都市というものが、郊外と呼ばれる後背地域の存在を抜きにして語ることができないのは言うまでもないだろう。中心市街地が劇場の舞台とすれば、郊外はその舞台袖であり、楽屋でもある。およそ整理整頓されていないそれを、あえて見ないで帰るほうが良いという人のほうが圧倒的に多いだろうが、私は少しはそれを覗いてみたいと思うのだ。

 ウィーンの場合、誠に格好の路線があった。オペラ座前から出ているWiener Localbahn、いわゆるバーデン線である。この路線は最終的にはウィーン南郊にある温泉保養地、バーデンまでおよそ60分かけて結ぶもので、観光路線的要素も持ってはいるが、それ以上に、ウィーン郊外に暮らす人々の日常の通勤通学、買い物の足なのである。
 車両は路面電車タイプで、実際にオペラ座前を出発して20分程度は、ウィーンのストリートを路面電車と一緒に走っている。しかし、その後市街地がいったん途切れた辺りで専用軌道に入り、終点のバーデンの中心広場に滑り込むまでの約40分間、右に左に、めまぐるしく移り変わるウィーンの郊外風景をつぶさに眺めることができる。

 なお、バーデン線でウィーンの市内パスが有効なのは途中のベーゼンドルフの手前まで。それ以遠、終点のバーデンまで行く場合は別途乗車前に切符を買う必要があるので要注意である。

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ウィーン 2011 その4 ”ウィーン車窓めぐり U6とウィーン郊外線 (おまけ:トラム好きの方へ)” [ヨーロッパの町紀行]

 ウィーンの旧市街が「リング」と呼ばれる環状道路によってぐるりと囲まれていることは有名である。しかしそのさらに3~4㎞外側に、「ギュルテル」と呼ばれるもう一つの環状道路があることは、あまり知られていない。リングには市電1番が走っているが、ギュルテルを見物するのにも、ちょうどよい交通機関がある。それが地下鉄「U6」である。「U6」は、分類上「U」が付いているので地下鉄と書いたが、実際には殆どの区間をギュルテルの上に作られた高架線上を走る。高架線であるから、窓からの眺望が楽しい。しかも、この路線の歴史は古く、1898年の開業。駅もオットー・ヴァーグナーのデザインで時代がかっており、楽しい。
 ここでは、ギュルテルよりも街のさらに西側の山裾のあたりを走る国鉄のウィーン郊外線(Sバーン45番線)の車窓も合わせて紹介する。

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1898年開業時を彷彿とさせるU6の駅。

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武蔵野(2) 2009-10 [日本の町散歩(関東)]

東久留米に移り住んで、武蔵野の面影探訪は私のライフワークのひとつとなった。
無機質な団地、没個性な建売住宅、目を覆いたくなるくらい醜い郊外店舗の中に、
埋もれているように見えても、はっとするような美しい武蔵野の風景は、至る所に残っている。

武蔵野のことを調べると、よく「滅びゆく武蔵野」とか「武蔵野は死んだ」などという言い方が常套句のように用いられているのに出会う。しかし、私はそんなことはないと思う。
少子高齢化はまだまだ進むだろうし、都心回帰の動きも、加速化するだろう。
誰もかれもが郊外に家を持って独立したのは、あの時代の、一時的なものだった。
東京の実質的なスプロール化は、もう終わりを迎えているのだ。
だから、武蔵野は静かに、ゆっくりと、目に見えないスピードで、昔に還ってゆくに違いない。

トラックがひっきりなしに通る狭い所沢街道は、昔ながらの曲がりくねった道である。
そして、ほおかむりをした老婆が、2010年のいまも時折、牛を引き連れて歩いてくる。


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東久留米市小山。2009年10月

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