玉川上水 2012 (武蔵野(4)) [日本の町散歩(関東)]
紅葉の色深まる頃、玉川上水べりを散歩した。
玉川上水は、ご存知のとおり飲み水を提供するために羽村から二人の兄弟に働きによって江戸へはるばる掘られた400年前の上水道。
なんと昭和40年まで現役で使われ、その後は枯れ川として放置されていたのだが、昭和61年、水辺の環境を守ろうとする人々の尽力によって、清流が戻された。
いまも、護岸工事のされていない素掘りの水路に沿って、羽村から笹塚まで歩くことができる。
堀は深く、茂みに覆われ、水面が見えるところは少ないが、せせらぎと武蔵野の残り香、そして歴史と人々の努力の堆積を、感じながら歩く上水は、私の気力を充填してくれる。
今回は、西武拝島線のその名も玉川上水駅から、下流に向かって5kmほどを歩いた。
玉川上水は、ご存知のとおり飲み水を提供するために羽村から二人の兄弟に働きによって江戸へはるばる掘られた400年前の上水道。
なんと昭和40年まで現役で使われ、その後は枯れ川として放置されていたのだが、昭和61年、水辺の環境を守ろうとする人々の尽力によって、清流が戻された。
いまも、護岸工事のされていない素掘りの水路に沿って、羽村から笹塚まで歩くことができる。
堀は深く、茂みに覆われ、水面が見えるところは少ないが、せせらぎと武蔵野の残り香、そして歴史と人々の努力の堆積を、感じながら歩く上水は、私の気力を充填してくれる。
今回は、西武拝島線のその名も玉川上水駅から、下流に向かって5kmほどを歩いた。